前回の長濱先生の研究紹介の続きです。
では、具体的にポリ乳酸をどのように高機能化するのか。私は、ポリ乳酸に「知能」をもたせることで、高機能なインテリジェントバイオマテリアルを創ることに取り組んでいます。
聞きなれない言葉かもしれませんが、知能をもつ材料は「インテリジェントマテリアル」と呼ばれており、材料自体がセンサー(感覚器)、コントローラー(脳)、アクチュエーター(筋肉)を持ちます。そのセンサー部位が、温度、pH、光、特定分子などの外部環境変化を感知し、その刺激をコントローラーに伝え、コントローラーがアクチュエーターに指令を出して所定の反応を行わせることで、物性変化・相転移・形状変化・応力発生などのダイナミックな動きを生み出し、その結果として、ある特定の機能を発現します。この応用対象を医療に向けたものが「インテリジェントバイオマテリアル」です。
では、ポリ乳酸系インテリジェントバイオマテリアルを用いて、どのような革新的な医療技術が開発できるのか。その一例が、体が弱っている患者さんに負担をかけない治療(低侵襲治療)技術です。私はこれまでに、室温から体温への温度上昇で液体からゲル(水を含んだ半固体状物質)へと変化するシステムを組み込んだポリ乳酸を創りました。これにより、手術で切開しなくても、注射という低侵襲な方法により、浅部臓器から深部臓器まで、あらゆる患部にゲルを投与することができます。また、この液体中に薬を混ぜておき、これを患部に注射すると、その部位で薬を閉じ込めたゲルができます。ゲルの中に入っている薬は一気に広がらず、ゲルが分解するとともに少しずつ漏れ出すため、投与回数を減らすことによる副作用の軽減やQOLの向上、薬の局所(患部周辺)濃度を一定に保つことによる治療効果の向上をもたらします。このような治療技術は、脳内、眼内、脊髄内など、切開を伴う手術が難しい部位の疾患において特に功を奏します。さらには、薬の代わりに細胞を生かしたままゲル内に閉じ込めることも可能であり、この技術を現在注目されている再生医療の分野などにも役立てることを考えています。その他の例として、新しいがん治療技術が考えられます。私は、がん細胞を認識して細胞内に侵入し、そこで自ら壊れることで抗がん剤を放出するようなポリ乳酸ナノカプセルの開発に取り組んでいます。このようなシステムでは、がん細胞のみを狙い撃ちすることができるため、治療成果の向上とともに、抗がん剤で避けがたい副作用の軽減にもつながります。
このように、高分子化学者である私が医療の未来を切り拓くことができるかもしれないのは、大変にやりがいを感じます。新素材を創り出すことで、従来なかった医療技術を世界に提供でき、いままでは救えなかった人々を救えることができれば幸せです。
また、こうした材料主導の治療を追求するもうひとつのメリットは、「医療の質」の面でも向上が期待できることです。医師によって医療技術にばらつきがあり、医師の技量に委ねられている面も大きいのが、医療の現状でもあります。私の研究成果が実用化され、誰もが平等に安定した質の高い医療を受けることができるようになったらいいなと思います。
生命科学分野は、化学、生物、医学、薬学、環境、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーとその応用は多岐にわたります。特に、化学的な知見から創りだした材料を他の分野に応用することなど、分野の融合によって、これまでにはない新しいテクノロジーを生み出されることが特徴です。
近い将来、このような素材が医療の現場で使われたら嬉しいですね。