FIRSTには、生命科学分野の最先端を研究する15名の教員が所属しています。今回は生命高分子科学研究室の長濱宏治先生をご紹介します。
長濱先生は、「化学で医療を革新する。夢では終わらない、夢のような新素材開発をめざす」という研究目標を掲げ、体に優しい高分子素材で新しい医療材料の開発に取り組まれています。
みなさんは、「ポリ乳酸」という素材を知っていますか?
ポリ乳酸は、グルコース(ブドウ糖)を乳酸菌で発酵して得られる乳酸を化学的に連結して作られる高分子です。実用化の歴史は浅いのですが、近年急速に私達の身の回りに広がっている新素材で、コップや皿、洋服、漁業用網、農業用シートなどに使われているほか、携帯電話、パソコンなどの電化製品や自動車用部品などにも使われはじめ、現在さまざまな分野でとても注目されています。その理由は、何より「地球環境にやさしい素材」であるということです。
第一に、ポリ乳酸は従来の石油を主成分とするプラスチックとは異なり、トウモロコシや米などの植物から得られるデンプン(多くのグルコースが連結した天然高分子)を原料として合成できるバイオプラスチックです。
第二に、ポリ乳酸は環境中の水による加水分解や微生物分解によって、最終的に水と二酸化炭素に分解されるため、焼却処理に頼らない廃棄が可能になります。
第三に、ポリ乳酸は分解過程で二酸化炭素を排出しますが、その一方で大気中の二酸化炭素を吸収して成長する植物を原料としているため、地球温暖化の原因とされる二酸化炭素量を増やすことがないカーボンニュートラル素材です。
ポリ乳酸はこのような性質をもつため、エコプラスチックとして、環境、エネルギー、ライフサイエンスなどのさまざまな分野での実用化が期待されています。
一方、ポリ乳酸は生体内分解吸収性高分子であり、生体内で乳酸にまで分解され、これが代謝されて体外に排出されます。乳酸はもともと体内に存在する物質であり、人体に無毒であるため、ポリ乳酸は生体適合性(体に入れても毒性や免疫応答のない性質)をもち、外科手術時に用いる縫合糸や、骨折時に用いる骨接合材など、生体内で使用できる医療材料(バイオマテリアル)としてもすでに実用化されています。しかし、ポリ乳酸は物性や機能のバリエーションが乏しいために用途の拡張性に欠け、縫合糸や骨接合材などの単純な用途のみに使用が限定されているのが現状です。
そこで私は、ポリ乳酸をベースにした高機能なバイオマテリアルを創り、それを用いることで初めて可能になる革新的な医療技術を開発し、それを世界に向けて提供することを目標に、日々研究に取り組んでいます。
手術後に自然と溶けていく抜糸のいらない医療用の糸は、このポリ乳酸からつくられていたんですね。
長濱先生が今行われている研究は、次回に詳しくお話しますね。(つづく)